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WABI SAVIE QUEBEC

2014 / 02
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Life goes on

2014/02/18(Tue) 12:54
「葬式土曜日になりそう」
Kからメッセージが届く

「葬儀は15日なので私は行けるので行くことにしました」
もう一人の友人HDさんからもメッセージが届く
HDさんは日本に住んでいて私がHに数年前に紹介して友達となった
日本から2泊4日の旅

行くしかない
強行スケジュールでも行ってお別れを言わなくては多分一生後悔する
鉛を飲み込んだみたいなこの数日の気持ちも決断してちょっと楽になる

当日は大雪で飛ぶのかどうかわからなかったけれど私の心は何故か平静
飛ばないならそれまで、カナダのこの程度の雪なら翌日には飛ぶだろう
結局飛んだけれどかなり遅れて出発した
最後のVancouver-Victoriaのプロペラに間に合うかだけが心配だった
何とか間に合って着いた空港にはKが来ている
ぜんぜん変わっていない友達に会ううれしさと懐かしさと同時に
ここに来た理由があまりにその気持ちと場違いすぎて複雑

ホテルのTVではオリンピックの放送が流れ、
それは「生」そのもので
彼の死とのコントラストが強烈過ぎてめまいがする

朝起きるとそこは緑の島、ここは一年中芝生が青々している
カナダは巨大だ
気温も湿度もまったく別の国に来たみたいで自分のブーツもコートもこの土地にはまったく不似合いだ

翌日葬儀会場に入るとやはりまだまだ現実味がない
誰の選択かわからないけれど会場にピアソラが流れている

そこで私が会ったHの息子M7ヶ月
Hと同じ眼をして私をじっと見つめた
そしてその横に彼の死がきちんと横たわっていた

式は彼の人生をきちんと追って紹介していてとてもよい式だった
それぞれの人が彼と自分が関わったその時期から今日までの関係をじっくり考えていたに違いない
こんな状況でここまできちんと式の準備できたのはかなりの努力だったことだろうと思う
遠方で来られない人のためにUtreamでも流した
彼は自然を愛し木工を愛し調和に生きる平和主義の人だった
「いい友達でいてくれてありがとう」そう彼に伝えた

私たちの合言葉は「最近どう?」
お互いやりたいことに近づくためにそしてそれを周りの愛する人々との暮らしを両立させるために
日本の外というフィールドで外国人の立場でなんとかしがみついて生きている私たちの関係は
同胞もしくは同士、同志なのだ
みんな結婚したり離婚したり子供ができたり仕事を見つけたり普通の暮らしを時々報告するだけ
でもその裏にどんなことがあったのかはだいたい想像できる
それでもなんとか3人揃ってカナダにまだ張り付いていた
Kは双子の親として自分の才能を生かしてやりたかったことを時には断念してがんばって子育てをしてきたと思うし
Hも過去15年間学生からスタートしてずっとがんばってきた経緯がある
Hが連絡してくるときは決まって良いことがあった時だった
目の前に開けたこれからの人生が喘息の発作という事故死で散った

お母様がひとこと言う
「あの子の悪い冗談みたいでしょう?またひょっこり出てくる気がして・・・」

式の翌日昔住んでいたJamesBayの家から海へ向かう道を歩く
懐かしくて恋しくて海が見えたら涙が止まらなくなった
なんでこんな理由でここに戻って来たんだろう?
海辺でただ黙ってそこにいたかった
その後気を取り直してOgden Pointを一人歩きその横のCafeに入る
相変わらずBCの人々は服装のセンスが悪いなとちょっと笑った
この街が嫌いだったわけじゃない
正直本当はずっとヴィクトリアに来ることが怖かった
ここに戻るためには絶対に自分に自信がついてからじゃないと戻れないと思っていた
私はアジア人であることで人種差別を受けていると感じることが多かった
でもそれはいずこも同じ
私の英語も私の態度も絶対悪かったのだ
そんなことを反省しながら接すると人々は優しく感じられる

DSC_1860.jpg

午後は彼の家にお線香をあげに行く
ご両親ともゆっくり話す機会だったので彼との思い出話を話してみる
お父様はそんな私との思い出話を一生懸命メモをとっていた
ひとつも記憶から落としてはいけないことのように
奥さんもまだまだ子供に手がかかって現実と非現実の狭間にいるままのよう
彼と彼女の意思の通り、今後もがんばってカナダで子育てできるといいなと切に思う
K「これから時々行って様子見てくるよ、なにができるってわけでもないんだけどさ、話し相手にはなれるよね」

これからKや私が友達としてできることは
彼の家族のために何かできることをすること
彼のことを忘れずにずっと一生懸命生きていくことだけ

この数日K家族とどっぷり一緒にいた
みんながみんなを支え補っていた
男友達とはその奥さんの信頼と理解がないとずっといい友達でいられない
Kと別れ際がっちりハグ「お互いじじいとばばあになるまでHの分までがんばろうぜ」
殆ど会わなくてもこれからも生涯の友達なんだろうな、Kとは・・・
そう確信した

Hは生前「時々Wabi Savie読んで元気もらってるよ」と書いてくれたことがある
元気出るかどうかはわからないけど私は思ったことを書き綴る
自分のために、そしてすべての同志のために

DSC_1856.jpg
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突然の訃報

2014/02/08(Sat) 23:20
友人Hが亡くなった
まだ35歳

まだはっきりした死因もわからないまま
でも彼がもうこの世にいないことだけが事実

カナダのヴィクトリアで元旦那の同級生として現れた彼はカナダでの最初の友達ともいえる
よくうちにご飯を食べに来たものだ
その関西的ノリが心地よくていつでも来いといったら本当にしょっちゅう来たH
元旦那とは音信普通になったが彼とは時々連絡を取り合っていた
彼はセンスが良くてデザインや仕事の話なんかもできた
年のわりにはずっと大人だった
もう一人の仕事仲間であった友達Kとはヴィクトリアを離れてから直接連絡することがなかった
私「Kは元気か?」って毎回聞くと
H「元気だけどさ、どうして直接聞かないの?」
私「あ、元気ならいいんだ」
H「向こうもそういってるんだよ、時々同じこと聞いてくる、お互い連絡すれば良いのに」

Hがいなくなって私はKに14年ぶりに直接連絡した
Hのことを聞くために・・・
そう、私達はHに頼っていたんだよね

彼はいつも最高の彼女をゲットしていた
そしてそんな最高の彼女と結婚した

ほんの数週間前に元気そうに
去年生まれたばかりの赤ちゃんをスカイプで見せてくれて
本当に幸せそうだったその姿から
今日の訃報まであまりに突然すぎて
全然理解できずにいる

奥さんは気丈にしていると思ったけれど多分ショック状態すぎて
本当の感情が引き出せない状態なのだと思う

彼のような真面目で優しいこれからという人から生命を奪うのはあまりに残酷だ
時に人生はあまりに不条理すぎて理解できない

行き場のない怒りを感じている
そこに即行駆けつけられない自分に対しても怒りを感じる

でもそんな姿を見たらHに
あかんわ、そんなことで怒ったら~
と怒られそう

そやな、あんたが一番辛いやろ・・・
R.I.P.


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Author:naokozo
インテリアデザイナー
モントリオール在住
釣りにきのこ狩りに大忙し

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